2009年02月13日

スポットライトの愛でるもの

今季のエキシビションナンバー「ボレロ」、その衣装をまとって踊る安藤選手を初めて目にした時、思わず虜になりました。

ダンサーを思わせるその姿に意表を突かれただけではありません。
安藤選手・その演技・ラヴェルの音楽・宮本氏の振付け・コスチューム、それら全体の、互いに別ちがたい、あまりに完成度の高い「一体感」に心を奪われたのです。

今回ここではその中で、この安藤選手ならではのコスチュームのすばらしさについて、あえてぜひ一度、言葉にしておきたいと思います。

フィギュアスケートのコスチュームは、市販のものも含め 美しいものが多いですし、一流スケーターともなれば個別に特注し 工夫を凝らすのが普通なのだろうとは想像します。
しかし、単に美しいということを超えたものが「ボレロ」の衣装にはある、そう感じられてならないのです。



「役柄」ないし「人格」の語源に"ペルソナ(persona)"という言葉があります。 その元々の意味が「仮面」であるにしても、演技である以上はフィギュアスケーターも氷上でペルソナをまとう。
であれば コスチュームがそのペルソナの一部になるのは、とても自然なことに思えます。
あるいはさらに、コスチュームには スケーターやコレオグラファーの世界観が込められている場合も あるはずです。

今シーズンの SP、SAYURI の挿入曲をとおして自らの心を氷上に描く安藤選手、その衣装もまた、音楽に託された「宿命の重さ」と、演技の動きを通じた「可憐な儚さ」との対比が精妙に計算された、たいへん秀逸なデザインと思われます。
安藤選手とともに一つの心を描くがごとき姿をそこに感じます。

そしてこのような表情の強い衣装を着こなし、なおかつ美の主役を その衣装に決して奪われることのない安藤選手自身の存在感の強さもまた、彼女の天賦の魅力だと思います。

この「Chairman's Waltz」の衣装、このように 安藤選手のたぐいまれな個性に頼って初めて成功していると同時に、コレオグラファーであるモロゾフ氏の芸術的な積極性、言わば主張するデザイン、に負うていることは、ほぼ間違いないでしょう。



一方、ボレロのコスチュームは、そうした表だった主張を、一見 あえて抑えてあるかのようにも感じられます。
むしろストイックに、練習着の持つ自制的な美の延長上に、そのデザインの核心を置いているとも思われます。

そしてそのことが、厳格な形式の中に無限の広がりを込めるラヴェルの音楽と共鳴し、結果、動きの中での表情という、コスチュームの持つ本来的可能性をかえって鮮明に現わしている、そう直感されるのです。

それにしても、エキシビションの暗いリンクの中で、宮本氏の独創的な振付けにそって鮮烈な残像を我々の眼の奥に残す あの赤い裾の絶妙な意匠的処理。 ・・この造形に見て取れる、無駄を切り捨てる潔さは並大抵のものではない、素人ながらにそう感じました。

ここには引き算の美意識と、必要な足し算の大胆さとが両方あって、それが演技空間の中に「生/エロス」の世界観をとても象徴的に表現しているのだと思います。

そしてそれ以上に、演技者である安藤選手の個性と魅力を引き立て、いや、安藤選手自身と別ち難い一つの persona を構成することで、この衣装でないとプログラムのアイデンティティが成立しにくい地点にまで達していると言ったら、言い過ぎでしょうか。



およそ優れたデザインは それを身に着ける者の個性と一体になる、と聞いたことがあります。
それでもなおかつ、そのデザインを自ら消し去ることは無いとも。
恐れずにその先を詠めば、優れたデザインは身に着ける者のさらなる可能性を引き出し、そしてデザイン自らもその輝きを増す。

つまりそこには創造性どうしの化学反応があるとも、個を超えた神話の世界があるとも、言えるのかもしれません。

・・・
それゆえ筆者は あの衣装デザインがだれの手になるものか、とても知りたくはあるけれど、いずれ知る日を、神話のなぞ解きのように そっと待つことにしたいと思います。

そして願わくば、あのコスチュームで安藤選手が踊るボレロを、まだずっと、ずっと見ていたい。
あの衣装に氷上で「生」のエロスを吹き込めるのは安藤美姫、彼女以外に無いのですから。

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2009年02月02日

読者寄稿 〜氷上のアーティスト〜

掲示板に来られている silkyjones さんから、コラムの寄稿をいただきましたので、原文に基づき ご紹介します。


氷上のアーティスト


いうまでもないだろうが、フィギュアスケートは、スポーツと芸術の二つの側面を持った、あるいは、それらが融合してはじめて成り立つ競技だといえるだろう。
そして、そのどちらも非常に高い次元で体現しているのが、安藤美姫である。



今日までのフィギュアスケートの歴史を振り返っても、各大会ごとに金メダリストは輩出されるが、女子として、公式試合で4回転ジャンプを成功させたことがあるのは安藤選手ただ一人しかいない(目障りなマークが横についているものもあるが、タイプミスだろう)。
3Lz+3Loも、現役選手で認定されているのは安藤選手だけであるし、なにより、あの目の覚めるようなジャンプのキレは、もはや男子並みといっても過言ではない。
身体能力に関しては、抜きん出た存在だといえる。

もしフィギュアスケートが、運動能力だけを競う競技であったとしたら、観る側の観点も、求めるものも、また違ってくるだろう。
体操競技を見るのに近い感覚だろうか。

しかし、フィギュアスケートの場合、「表現するため」の運動能力であって、どちらか一方だけでは成り立たないのである。
何かを表現し、それが観る者の心を動かすこと、それが芸術であるならば、安藤選手はまちがいなく、「氷上のアーティスト」である。

リンク上で曲が鳴り始めるまでの佇まい、それすら絵になってしまう。
そして、演技が始まれば、会場の空気を一瞬にして支配する。

花びらが散り行くような繊細な指先、竜巻を思わせるようなジャンプ、力強いステップ、「カルメン」や「サムソンとデリラ」、「Handcuffs」で見せた妖艶さ、「ジゼル」や、ミカエラの時の純朴な表情、「Hurt」の憂い、「Mickey」や「Ac-cen-tu-ate-the-positive」の溌剌さ、そして「ボレロ」では、意図的ではないだろうが、エロスの「静」と「動」、数え上げればきりがないが、それらは観る者の魂を揺さぶる。

技術としての表現力もあるだろうし、感情移入するためには想像力も必要だろう。
とはいえ、技術と想像力だけでは、魂まで揺さぶることはできない。



安藤選手は、様々な苦しみや哀しみ、それも理不尽としかいえないものもあったが、それらに押しつぶされることなく、乗り越えてきた。
いや、何度となく押しつぶされたのかもしれない。
しかしそのまま終わることなく立ち上がり、リンクに戻ってきたのだ。

もちろん、その苦しみも哀しみも、そして痛みも、本人にしかわからない、想像を絶するものであっただろう。
眩しい陽の光が浮かび上がらせる影も、そして、星の煌めきは暗闇の中でしか気づかないことも安藤選手は知っているに違いない。
そのことが安藤選手の演技に、深みと説得力をもたらしている大きな要因であろう。

また、可能な限り正直であろうとし、周囲への気遣いや感謝の気持ちを忘れない、「美しい心」の持ち主でもある。
その正直さは時に、アスリートはこうあるべき、という固定観念に凝り固まった者たちの、格好の標的にされることもある。
だがそれは、結果に対して多くを語らない、日本人好みの古典的な対応を好ましいと思うか、ファンに対して、説明責任を果たす(欧米ではこちらが普通)ほうが好ましいと思うかという、単なる好みの問題なので、非難される筋合いはないし、気にする必要もない。

世間のモノサシに合わせることのメリットは、波風を立てないということ以外にない。
優れたアーティストは皆、例外なく型破りである。
人と同じことをして、こじんまりとまとまる必要などない。
本当のファンなら、安藤選手のモノサシを理解し、受け入れるだろう。



世に名を残すアーティストの多くが、波乱に満ちた人生を送っているが、だからこそ、生み出された作品が多くの人の心を揺り動かし、後世に残るのであろう。
そういう意味では、安藤選手もまた例外ではないのかもしれない。
だがファンとしては、今後の安藤選手の競技生活や人生が順風満帆で、「哀しみ」や「せつなさ」の表現にこれ以上深みが増すことなく、「幸せ」や、「喜び」の表現にさらに磨きがかかればいいのに、と思ってしまうのである。

先シーズンの世界選手権後、引退を考えた選手とは思えないほど、今シーズンの安藤選手は好調に見える。
昨年の全日本でのアクシデントにも負けず、世界選手権の切符をつかみとった。

安藤選手は、確実に、強く成長している。

目標に向かってひたむきに突き進んでいるからこそ、知らず知らずのうちに本当に成長しているのだ。

精神と肉体がベストコンディションでシンクロした時の安藤美姫。
その「次元が違う」滑りを再び目にする日も、そう遠くないかもしれない。



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