2009年11月28日

祝福の空間、五輪の香り

もうすぐ国立代々木競技場で ISU グランプリファイナルに出場することになる安藤選手。
 
彼女がこの代々木の会場で演技する機会は、ショーも含めればこれまでにもたくさんあり、直近では春の国別対抗戦がありました。
しかし今年のここでの GPファイナル参戦に連動してイメージされるのは、ちょうど4年前、同じようにオリンピックの直前に同じ会場で開催された GPF東京大会でしょう。
ファンにとって、あるいは選手自身にとっても、因縁めいた感覚さえ起こるかもしれませんが、もしそうなら、それは時期的な符合もさることながら、実は この会場の持つ独特の雰囲気、その設立の由来にも起因しているかもしれません。
 

 
昭和30年代を締めくくる、アジアで最初のオリンピック。 戦後の国際舞台に日本を復帰させることになる、この華やかな機会、それを最大限に高揚させるべく、当時、「未来」に溢れるほどの希望を託していた日本は、この五輪競技施設の建設にあたって 国の文化的水準の最高峰を求め、また惜しみなく、注ぎ込めるものは全て注ぎ込みました。
 
その高揚感は、独立行政法人 日本スポーツ振興センターの該当ページを読んでいただくと、かすかであっても追体験できるかと思います。
http://www.naash.go.jp/yoyogi/history.html
 
ここに書かれているように当初からスケートリンク設営も念頭に設計されたこの施設ですが、訪れる者にとっては 隣りの第二体育館や日本スケート連盟が入っている岸記念館、そして代々木公園などとともに、一群の広大なシンボルゾーンを構成しており、都会の一角に巨大な大空が用意されることで、私たちの心を気宇広大に解き放ってくれます。
 
そして時代精神を象徴する傑作と言われる、その大空をバックとした渦巻き屋根の独特の意匠から放たれる祝福感は、今日、内部に照明や音響の機械類が吊り下げられるようになってもなお、決して消えてはいないと言えましょう。
 
オリンピックの香り、それはこの競技場の五輪記念表示板に依存することなく、今なお このアリーナの内外にそこはかとなく漂っています。
 

 
そんな代々木会場でのオリンピックイヤーのファイナル、 安藤選手とともに再び今、現実のものとして帰ってきました。
 
想像、また希望ではありますが、しかし今回の GPF は彼女の前に、全く新鮮な経験として立ち現れるのではないでしょうか。
なぜなら、4年前とは、彼女以外の選手の顔ぶれが全て異なるからだけではなく、それ以上に、安藤選手本人の心の準備が全く異なっているだろうと思われるからです。
このファイナルを挑戦の場として楽しむこと、同時に五輪選考を緊張をもって迎えること、その2つを両立させることを意識してでしょう、彼女は踏みこんで発言しています。
 
「 I want to be on the podium in the Final. This would be an important step towards the Olympic Games. (ファイナルでは表彰台に上りたい。 オリンピックに向けて重要な一歩になると思う。)」
 
今回も格別な祝福を用意しているであろう、この会場。
その高揚感をこの施設に込めた匠たちは既に天上の人ですが、安藤選手の、動じることのない無心の演技の上にこそ、彼らの祝福が来臨することを、今回、おおいに期待したいと思います。



読者の皆様からのコラムやレポートで長文の場合などは、メールで投稿いただければ、順次、掲載してまいります。
匿名、イニシャル、HNなど、いずれでもけっこうです。
また、多少編集させて頂く場合があることを予め お許し願います。
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2009年11月14日

Golden Skate の安藤選手記事

Golden Skate から予め得ていた翻訳許可のもと、昨日公開された安藤選手へのインタビュー記事を ここに日本語で紹介いたします。
元記事  Miki Ando "I was just lucky" のURLはこちらです。
http://www.goldenskate.com/articles/2009/111209.shtml

なお、日本のファンの皆様にとっての既知事項の一部は省略しました。



安藤美姫 「運が良かっただけ」  〜Tatiana Flade

日本の安藤美姫は派遣GPの両方(ロステレコムとNHK)で優勝し、ISU グランプリファイナルの出場資格を確実にした最初の女子選手となった。
オリンピック・シーズンでの好スタートにもかかわらず、2007年のワールドチャンピオンはあまり自分に満足していなかった。 「もっと大きな試合だったらあのフリーのようなスケートでは勝負できないのはわかっている」と、安藤は自ら語る。

安藤はNHK杯の両プログラムでいくつかのミスをし、フリーではロシアのアリーナ・レオノワに負けてしまった。 「モスクワよりは良い演技をしたかったのに、逆に自分の悪いところが全部出てしまった。 だから勝ったといっても喜びは10%くらいで、残りは単に運が良かっただけだと思う。 喜びに浸れるような状態ではない」と、彼女は言葉を続けた。

コーチのニコライ・モロゾフがもう一人の生徒である織田信成と北京での中国杯に行っていたため、安藤は ほぼ1週間ひとりで練習することになった。 「よい練習ができたとは思ったけれど、自信が無かった」と安藤は言う。 「(一人で練習をするのには)まだ自分は力不足だったのかも知れない。」 モロゾフのアドバイスで彼女はショートプログラムでトリプルルッツ・トリプルループのコンビネーションを避けたが、あとでそのコンボをやらなかった自分にがっかりしてしまう。 「トリプル-トリプルはキーポイントの一つだし、これまでたくさん跳んできた。 ここでの(直前)練習で何か欠けているような気がして、心が弱くなってしまった。」

21歳の彼女は12月初めのグランプリファイナルに照準を合わせている。 「ファイナルに出られて嬉しいし、それに向けてハードに練習する。メンタル面も強くなりたい」と安藤は言う。 「(GPFの開催される)日本の方たちにもっと良い演技を見せたい。 ファイナルでは表彰台に上りたい。 オリンピックに向けて重要な一歩になると思う。」

もしかするとファイナルでは違うショートプログラムを我々は見ることになるかもしれない。 安藤はもともと「夜の女王」をショートプログラムとして選んでいたが、秋に「レクイエム」に変更した。 「最初のプログラムでは蜘蛛のイメージを全部の方には解って頂けなかったように思う」 と選手は言う。 「あるいは我々は(現在の)ショートプログラムを替えるかもしれないし、前半部分だけ変えるかもしれない」 とモロゾフコーチは明かす。 「ジャンプについては、実のところ心配していない。 Miki のジャンプは練習ではとても安定しているけれど、もしかすると、プログラムの出だしのリズムが彼女に合っていないのかも知れない。」

選手もコーチも、彼らが「クレオパトラ」と名づけたロング(フリー)プログラムをたいへん気に入っている。 事実、気高く美しいエジプトの女王のイメージは安藤にピッタリである。 プログラムは実際には3つの音楽の切片から構成されている: Rome (TVシリーズのサウンドトラック), Marco Polo (サウンドトラック、Ennio Morricone 作曲、Yo-Yo Ma 演奏), そして Mission Cleopatra (映画 Asterix and Obelix から)。

「クレオパトラは世界中の人が知っている」 と安藤は言う。 「クレオパトラは有名な女王で強い女性、でも同時に恋もして家庭も持った女性。 私は彼女の両方の側面を表現したい。 私は本当にクレオパトラになり切りたいし、役柄を楽しんでいる。」

彼女はこれまでに、このプログラムで2種類の衣装を競技で披露している。 ロステレコムでは金色〜銅色の、一方NHKではエジプトのシンボルをあしらった明るい青と金色のコスチュームを着用した。 グランプリファイナルでは3つ目の衣装が試されるかもしれない。

我々がファイナルで彼女の有名な4回転サルコウを見ることはたぶん無いだろう。 「4回転の練習はしているけれど、プログラムに入れるほどは今は十分な状態ではない」 と安藤は明かす。 「オリンピックシーズンなので、PCS5項目を改善させないといけないと感じて、夏の間はそこに集中して練習した。 (4回転よりも)まずトリプル・トリプルを確実にしないといけない。 もし私がオリンピックの時にコンディションが良くて、それに全て条件が整って、そこで4回転に挑戦できるなら、こんな嬉しいことはない。 五輪で4回転を跳べたら夢のようだ。」

4回転ジャンプが無くても、彼女はバンクーバーでの有力なメダル候補だ。 安藤は 2007年の世界選手権で優勝、しかし 2008年の世界選手権では怪我のためフリープログラムの途中で棄権せざるを得なかった。 脚の筋肉痛にもかかわらず彼女は試合に出ることにこだわったのだったが、プログラムの早い時点で涙とともにリンクを去った。 昨シーズン彼女はカムバックを果たし、ロサンゼルスでの2009年世界選手権で銅メダルを獲得している。

(このように)安藤はファイターであり、そのことを彼女は再三証明して来た。 一方、彼女がたいへんデリケートで感情豊かな人間であり、また自分にとても厳しいことは、あまり多くの人の知るところではない。 かつては彼女は試合での緊張から良く泣いたものだった。 「私はプレッシャーを感じやすいし、練習が上手くいかないと落ち込んでしまう」 と彼女は告白する。

「私にとってアメリカでの生活は初めはつらかった」 と安藤は明かす。 「私は(最初)英語があまり話せず、他の人が何を言っているのか解からなかった。 でも今はハッケンサックにたくさん友達がいて、私もできるだけたくさん英語で話すようにしている。 どんどん話しやすくなっているし、それがたのしい。」
「アメリカでの生活の方が私には楽、」 と安藤は続ける。 「外出も平穏にできるから。 もちろん日本は大好きだけれど、時々私にとっては居心地の悪いことがある。追っかけ記者が待ち伏せしていて私のことを色々書き立てたりする。」 この点については一時、日本の連盟が報道規制を正式に申し入れたことさえあった。

この2004年度の世界ジュニアチャンピオンがスケートを始めたのは9歳(注:正確には8歳)と遅かったが、その2年後にはもう3回転ジャンプを成功させている。 もちろんそれはサルコウだった。 運動神経の良かった彼女は他にも水泳やバレー、そしてピアノや習字といった色々な活動を試したのちに、スケートに専念するようになる。 「スケートが一番面白かったし、自分を表現するのにベストだった」 と安藤は説明する。

名古屋でスタートを切ったころ、彼女は活発な練習仲間に恵まれた。 「小さかったころは私たちはグループレッスンがあった、」 と安藤は思い起こす。 「真央や舞もいて、1日8時間もジャンプを競い合うこともあった! 基本が出来たのはそこらへんだったと思う。 この競い合いはだれが一番多くジャンプを成功させるかのゲームのようなものだった。」

ジャンプは安藤を有名にしたが、彼女はより完全なスケーターになるために、そしてよりアーティスティックになるために、努力を重ねてきている。 彼女はバンクーバーの表彰台に上るのに何が必要か理解しているのだ。 「プログラムを完璧に演じること、そして自分にもっと自信を持たないといけない。」 そう安藤は締めくくった。

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2009年11月01日

Rostelecom Cup 観戦レポート

掲示板に来られている dolce さんから、ロステレコム杯のレポートを頂いたので、原文に基づき ご紹介します。


安藤選手、ロステレコム杯優勝おめでとうございます。
こちらの素敵なサイト、頻繁に覗かせていただいておりましたが
つい先日初めて書き込みしたばかりの新人です。
現地で観戦してきましたのでレポートを書かせて頂きました。
初めての試合観戦で、とりとめのない呟きのようになってしまいましたが
様子を少しでもお伝えできればと思います。



1日目:SP

情報を遮断して現地に行き試合しか見なかったので、曲変更のことは全く知りませんでした。
6分間練習に現れた美姫さん。
(・・・紫のコスチュームだけどちょっと違う・・・蜘蛛がいない。十字架が見える?)
それでも曲が変わっていたとは気づきませんでした。
演技開始。ポーズが違う。そして聞こえてきたのは、予想とは違う音。
(・・・レクイエム!!)
何という衝撃!

実は私は6月のドリームオンアイスでも同じ体験をしました。
そうとは知らずにレクイエムが聞こえてきた衝撃は何とも言えませんでした。
その時と同じことがロシアでも起こるなんて。
その場の空気でもうゾクッとしました。

W.A.モーツァルト作曲、レクイエム。
この曲を選んだ事で演技を見る前から鳥肌が立ちました。
人間らしからぬ天才モーツァルトの作った、最も人間らしい生と死の鎮魂歌。
このプログラムでは、すべてのエレメンツが苦しみ・祈り・叫びなどの表現のための手段でしかないように見えてくる。
美姫さんが音楽を動かし、音楽が美姫さんを彩っていく・・・確かウエンツさんが言っていた「音楽が安藤選手について来る」の通りだと思います。

3回転の連続ジャンプ、練習では決まっていただけに惜しかったですが、それ以外は丁寧に・・・そう、本当に丁寧に滑っているのがよくわかりました。
自信を持って滑っていたので直前の変更だなんて思えないような貫禄の演技でした。
それと半端じゃない存在感。
6分間練習でも、ファンだから美姫さんを追ってしまいますが、贔屓目ではなく、圧倒的なオーラが感じられました。


2日目:LP

クレオパトラはあのラムちゃん風の衣装かと思いきや、よりゴージャスなものに。
(凄い!ゴールド!眩しい!)
(レベル4−−!!)
と、勝手に心の中で叫んでいました。
もし衣装にレベルがあれば美姫さんは間違いなくレベル4。(と皆さんも思いませんか?)
帰国してから録画やネットで見ましたが、私の目にはかなり色が違って見えました。

光り輝く神々しいばかりのゴールド!
ピカピカと物凄い光を放っていてとてもゴージャス。
動くたびに光がキラキラと反射して金の粉をまき散らしているかのよう。
茶は見えないくらい眩しかったです。
リンクに金の花が咲いているような華やかさで、それを着こなす美姫さんの美しいこと。

この日の6分間練習でも一番目立っていたのは、その華やかな衣装のせいや私がファンだからというだけではありません。
人目を惹く女王の風格、存在感が確かにそこにありました。

ジャンプのミスはありましたがこちらも至極丁寧な心のこもった滑りでした。
演技中モロゾフコーチが目線に入るのですが、テレビで見るように本当にオーバーアクションで観戦しているロシア人がコーチを見てはクスクス笑っていました。
ロシアの観客は自国選手にはもちろんのこと、美姫さんはじめ海外の選手にも暖かく熱い拍手・声援を送っていました。
街中では大体皆、無愛想で店員ですら冷たい表情のロシア人が、リンクではプルシェンコ選手やウィアー選手に黄色い歓声を送っていたのは何だか面白かったです。

いつも試合の時期はそわそわと心配して色んなニュースにハラハラしていましたので、実際見に行ったら私の心臓どうなっちゃうんだろう・・・と心配していました。
しかし情報を遮断して実際生で美姫さんをみたら、美姫さんはとても落ち着いていて心配する気が全く起きませんでした。 良い緊張感を持って集中していて、輝くオーラを発散しているのが見えるかのようでした。
そのお陰で、ドキドキはしても不安にはならず 「何の心配もいらない」と確信して見ることが出来ました。
そして少しのミスも気にならないほど、クレオパトラの存在感に支配され魅了されたのでした。


3日目:セレモニー・EX

この日は最初に表彰式でした。
選手はフリーの衣装で登場。
美姫さんはクレオパトラの衣装でしたが髪は下ろしていました。

日本人選手の誰かが優勝して君が代が聞けたらいいな、と漠然と思っていましたが美姫さんで聞けたのは何とも言えないくらい感動しました!
というのも「美姫さんの納得の滑りが無事にできればいい」とだけ願っていたので優勝は嬉しい驚きでした。
ロシアで君が代が流れている・・・表彰台の中央に美姫さんがいる・・・
と、ずっと感動に浸っていたかったのですが
あまりにあっという間で「もっと曲長くして欲しい!」と思ったくらいです。
君が代がこんなに短い曲だと感じたことはありませんでした。
初観戦で優勝を見られるなんてとても嬉しかったです。
ロシアに行って良かった!!

あっという間(ぴったり30分)で表彰式は終わり、エキシビションへ。
オープニングでロココ調の衣装とカツラをつけた群舞が滑って華やかに開幕。
ロシア期待の若手選手も登場し賑やかなエキシビションでした。

いよいよ美姫さんの登場。
(あれれ?髪型がまた違う!ダウンスタイルかと思ったのに!)
楽しませてくれるな〜と思わず拍手。
毎日違う表情を堂々と氷の上でさらけ出すその姿。
自信と余裕を持って表現していることがよく伝わってきました。
本当に素晴らしかったです。
まだベストな演技ではなかったと思いますが、それでも心から丁寧に演技なさったこと、これからどんどん更に良くなるであろうことを確信する3日間でした。
冬の足音が聞こえるモスクワの氷の上に光り輝いていた美しい女神。
その姿はとても頼もしく大きく見えました。


帰りの空港で間近で見た美姫さんは華奢で細くて驚きました。 前日は大きく見えたのに(笑)
しかし、リンク上でなくても華やかな存在感は変わらず、惹きつけられるオーラがありました。
これからも応援します!

美姫さん、ありがとう!!NHK杯も頑張ってください!!



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